Last updated: May.10,2013

indent オフィス移転のお知らせ

2013年3月末を持ちまして安土町オフィスを閉鎖しました。
今後すべての機能を三津屋オフィスに統合いたします。

【旧:安土町オフィス】
〒541-0052 大阪市中央区安土町1-4-9 新船場ビル3F
voice.06-6265-0025 fax.06-6265-0026

【新:三津屋オフィス】
〒532-0035 大阪市淀川区三津屋南2-12-20
voice.06-6155-9000 fax.06-6886-9009

※なお、作業場は三津屋南2-12-21-103となります。

移転案内2013






【三津屋(みつや)】大阪市淀川区の町名。大正14年4月の市域編入で西成郡神津町大字三津屋から東淀川区三津屋町となる(淀川区になるのは昭和49年7月の行政区画再編時)。そもそもは「三社村(みつやむら)」と称した。八幡宮が三社あったことに因んでいるらしいが現存しない。三社浅右衛門が開発した土地に拠るという説もある。
【戦乱の地】正平年間(南北朝時代)に南朝側の楠木正行が城を構えたため、この地はしばしば戦乱の焦土と化した。正行亡き後も戦国武将・三好長慶が長く居城とした(この三津屋城は現在の光専寺境内と謂われている)。秀吉は防衛の要衝に寺院を多く配置したが、その所為か、三津屋の地にも異様に寺社が多い。古文書には「三ツ矢」と記す文献もあり、戦後・昭和22年4月に大阪市立三津屋小学校が校章に採用している。
【三本の矢】安芸の戦国大名・毛利元就が3人の息子(隆元・元春・隆景)に結束の重要性を繰り返し説いた逸話は有名だが、毛利の家紋は「一文字三星紋」であり「三ツ矢紋」ではない。
 アベノミクスの3つの基本方針(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)を安倍首相は好んで「3本の矢」と表現するが、これも今のところ特に三津屋とは関連がない(笑)。